スタッフの一日

読書報告 『ひと相手の仕事はなぜ疲れるのか 感情労働の時代』2018年01月11日

たいへん遅くなってしまいましたが、新年あけましておめでとうございます。

 

さて、タイトルのとおり読書報告です。

主に看護や福祉の現場において、教育も受け、志も持ち、仕事にやりがいを持っていたとしても、働き手の心が擦り切れていくのはなぜなのか。

その疑問に精神衛生学の視点から、「感情労働」のメカニズム・歴史を紐解くことで応えようとするのが本書です…と私は思います。

 

というのも、読んだのが昨年末、今手元に本も無く…という状況で、内容紹介というよりは、今の自分の気持ちを優先して書き進めようとしています。

誤読の可能性がある(それも読者の権利ではありますが)ことを念頭において、読み進めていただければ幸いです。

 

・人相手の仕事であれば、外側からは見えない内側を毎日目にし、触れることになるもの。そこでマイナスの感情を持つことは不思議ではない。

・自分らしくない行動を「演じる」とき、心が疲れてしまう。

・共感することで、2次的PTSDのような状況に陥り、心的疲労が増してしまう。

 

等々、様々な現場での感情労働について書かれていました。また、それを踏まえての新たなケアの領域についても触れられています。

それらを読み進め、追いかけることで、自身の感情の整理に繋がる。そんな効用を感じました。

 

自分がミスをした、誤った行動をとってしまったという「違和感」ではなく、異なった振る舞いを要求され、演じるという「異和感」。この2つの違いを意識するだけでも、なんとなく受け身から一歩転じられたような気がします。

 

異和感は、本来の自分のホームグラウンドから外の領域への視野を得るための「境界知」となる、と、以前なにかで読んだ記憶があります。

一度外に出れば、自分が居たところがよく見えるようになる。外があることを知るためには異和の感知が必要である。異和の感知には自己の理解が土台となる。

 

言葉遊びのようですが、「感情労働」という言葉に「後手の対処」だけではなく、自分の内側・外側を巻き込んだブレイクスルーを生むかもしれないというポジティブなイメージも持っておきたいと思います。

 

本年もよろしくお願いいたします。


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