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去年の12月10日の日記ではフリーターの時から入所するまでを書きましたが、今回は私の学生時代のことを書こうと思います。
学生時代は普通学級で過ごしてきましたが、「周りの人となにか違う」と違和感はありました。私は「変わっている」と言われたこともたまにありました。誉めているのか貶しているのか分かりませんでしたが、普通に学校生活を送っていたし、友達も何人もいたので前者かと思いました。一部の人には嫌われて、嫌がらせもされましたが、良くしてくれている子の方が多かったので、私は安心していました。
しかし、学校生活が上手くいっていたのは中学校まででした。進学先の高校は少し遠めの私の中学校からはあんまり行かない学校だったので周りは知らない人ばかりでした。部活に入りましたが、同期と馴染めなくて気づけば陰で仲間外れにされていました。私抜きのLINEのグループがあったり、私抜きでごはんや遊びに行ったり。もちろん私にも非はありますが、ここまでする必要性はあったのかと今でも思います。しかし、「自分たちは全く悪くないし仲間外れにされる方が悪い」と一部の子は言っていたそうです。それでも、表面上はお互いに普通に接してしていましたが、高2の冬頃に揉めてしまったことを機にほとんどの子は私に冷たくなり、仲間外れも酷くなりました。引退後も、私抜きで昼休みに集まる、部活に遊びに行く、卒業旅行までしていました。ここまでされたのは初めてでしたし、先輩やコーチ、顧問は気付いていましたが助けてくれませんでした。
クラスでも、高1ではとても仲良くなった子と距離が近すぎて関係が崩壊、高2ではグループに馴染めず半分浮き、高3では仲の良い子ができなくてどこのグループにも属することができずに孤立してしまい、弁当も他のクラスの友人と二人で食べていました。
部活でもクラスでも独りぼっちで、自分の存在意義が分からなくなりました。中学時代までうまく行っていたのはみんな私の扱いに慣れていたから、みんな優しかったからということにようやく気付いたものの、どうしたらいいか分からず、私は次第に精神を病むようになりました。前から私に発達障害があるのでは?と疑っていた母が病院などに連れて行ってくれましたが、なにかはその時は分かりませんでした(去年に広汎性発達障害と判明)。
辞めるという選択肢が出ないくらい高校時代は辛かったです。なんとか卒業しましたが、今でも高校は嫌いですし、絶対に戻りたくありません。しかし、最近は少しだけ感謝しています。高校でも中学校までのようにうまくいっても、きっとその先でつまずくことになっていたと思います。あの頃があったから、今までグレーゾーンだったけど障害があることがハッキリと分かりました。そして、就労移行支援を利用しようとなって、そこでCJを見つけて見学して入所し、いろんな方と出会え、今こうして訓練も受けていて今に至ります。これからも就職に向けて訓練に励みながらも人としても成長し、希望するところへ就職できたらな、と思います。